作業療法に魅せられたOTの雑感を綴ります。クライアントとの協業の軌跡をまとめるため・・・自己の客観視と反省のため・・・自分の考えを文章化するエクササイズとして・・・様々な理由で日々の作業を綴っています。
    http://samuraiot.blog3.fc2.com/
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    情熱の矛先
    2010-07-22 Thu 23:46
    福島県郡山市のOTのみなさん!

    2010年9月11日

    神奈川県立保健福祉大学 友利幸之介先生をお迎えして

    「明日から出来る!クライアント中心の作業療法」
    「ADOC:作業選択意思決定支援ソフトの紹介」

    と題しました研修会を開催します。


    もうすぐ案内文書を各施設にお届けします!

    クライアント中心の作業療法を追求するOTのみなさん!

    クライアントとの協業・作業選択に悩むみなさん!

    難しそうだけど興味を持ってくれたみなさん!

    みんな大歓迎です!

    ぜひぜひ御参加ください!
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    しているADLとは・・・
    2010-07-19 Mon 00:29
    しているADLとは何だろう?

    一般的にはADLの生活場面での実行状況を指すが・・・

    できるADLを、しているADLに昇華できれば
    介入が成功したような流れがある・・・

    僕がADL自立、いや普遍化しているのは
    色々な作業遂行をしているからだ。

    ADL以外にやることがない生活が訪れれば
    いずれADLにも支障をきたすだろう・・・

    マズローの欲求段階で考えても、
    生理的欲求段階が満たされることで
    上位階層へと向かうことができる。

    ということは、上位階層にたどり着けたからこそ
    下位の欲求段階充足の要素が満たされていると
    考えることもできる。

    なんとか自分で遂行できるようになったADLを
    しているADLと錯覚することは危険だ。

    ADLが遂行可能であり、自分の作業遂行文脈を
    肯定的循環できるようになってこそ、初めて
    しているADLと言える状態になるのではないか?

    単純な動作反復で獲得された現象的視点のみで評価された
    FIMの統計。

    退院後の追跡調査で維持されていないクライアントの
    維持されなかった原因をどう考察する?

    昨今の診療点数や加算の動向からも、明らかに
    訓練量に原因を見出している傾向がある・・・・
    ADLは目的にしてはいけない・・・

    誰が明日上手く排泄するために生きている?

    誰が明日食事をこぼさないことを夢見て眠りにつく?

    誰が明日いつもより円滑に着替えられることに情熱を燃やす?


    ひたむきに汗を流し

    子供達を立派に育て上げ

    今の豊かな日本を作りあげた

    クライアント達の人生を

    そんな浅はかな尺度で語るな・・・
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    遇有性の海へ
    2010-07-18 Sun 01:51
    いつも土と共に生きてきたNさん

    これからも太陽と・季節と・土と・水と

    遊んでください。

    いつかまた、太陽の下、真っ黒なNさんと

    再会できるのを楽しみにしています。

              作業療法士 S





    今日は70年日記をつけているNさんの

    最後の介入の日だった。





    うちの病棟は、退院のときに写真付きの

    寄せ書き色紙をプレゼントしている。

    冒頭文は私からNさんへの寄せ書き。





    下肢の麻痺は今でも重度。

    でも屋外も一人で歩けるようになった。


    彼の命の畑は車で5分かかる。

    最初は、「もう若いヤツにまかせるから・・・」

    と発言していた。





    運転はあえて制限せずに、

    今後運転してまた畑に行きましょうと

    色々な要素的練習をした。


    病棟の園芸のプランタも
    度々指南を仰いだ。


    通所リハの野菜達も
    Nさんに介入してもらった。




    グーグルマップで家から畑の動線も確認し、

    リスクの有無も共に調べた・・・




    結果的に彼はセニアカーを選択した。




    自己決定に必要な情報や体験を提供するから

    運転等の制限を押し付けずに作業を通して考えてもらいたい・・・

    主治医に伝え、PTと共に介入を続けた。




    彼は時分で手段をアレンジした。




    彼に決めてもらって良かった・・・




    手段は大きく変化したが、価値ある作業は




    守ることができたから・・・









    ~Nさんの入院中最後の日記~


    私は若い頃よりずっと田畑をやってきた

    畑に行くには自動車が絶対必要だ

    でもこれからは電動車があれば良いと思う

    幸いにも少し手が動く、また畑で仕事がしたい・・・




    今日仕事の後で、娘といつも行く公園に出かけた・・・

    帰り道、少し迂回するとNさんの畑が見える・・・

    またここで会えるだろうか?
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    できること、できないこと
    2010-07-17 Sat 00:35
    僕がOTを目指したのは18歳の時・・・

    OTになったのは22歳のとき・・・

    この仕事に就いて良かったと最初に思えたのは
    24歳のとき・・・

    OTとは何か?と本気で悩みはじめたのは28歳のとき・・・

    常に悩みながらも少しずつ前に進んでいると
    感じれるようになったのは30歳のとき・・・




    志を立てたあの日と、今日の僕は、全く違う僕だ。

    本当にOTを志して良かったと心から思える・・・





    僕は僕の自由の中でこの仕事を選んだ。

    でも自由とは決して白紙の状態ではなかった。





    様々な経験や感情の蓄積、生活者として生産的作業をして
    生きていかなければならない逃げられない現実。
    様々な要素が僕の自由選択の道標となっていた。

    僕にはOTに興味を抱く情報が手元にあった。
    僕にはOTになる方法が情報として存在していた。
    そのために何をしなければならないかも知っていた。
    それを実践する環境が与えられていた。

    臨床実習は、二度とやりたくない程大変だった。
    初出勤の日は逃げ出したいほどの緊張で胃が痛かった。
    初めて学会発表する日の朝は、タバコを吸いすぎて
    吐きそうだった。

    でもOTになって本当に良かった。
    生まれ変わってもまたOTになりたいと心から思う。

    僕のアイデンティティを構成するOTという作業。
    最初はわずかな興味と決意だけだった。

    不安のほうがずっと強かった。

    揺ぎ無い意志を構成する遂行能力も習慣も
    僕には無かったから・・・・

    OTのキャリアの中で、意志を揺るがすような
    出来事が一つあっただけで、僕は今OTじゃなかったかもしれない・・・

    もしも親が職を転々とする人だったら、それを見て育った僕は、
    僅かな迷いで、OTをリタイアしていたかもしれない。

    もしも高校の時、医療系に進む友達が一人もいなかったら
    僕は他の道を選んだのかもしれない。

    今の僕は、星の数ほどの偶有性の結果なんだ・・・

    今も悩み続けているけれど・・・
    あの日OTを志した自分を構成してくれた
    私の周りの人々、時代、環境に心から感謝したい。





    クライアントも、最初から強力な意志に支えられた
    作業遂行など難しいのかもしれない・・・・

    手段を変えて、過去の価値ある作業に復帰するのならば
    意志の再獲得も現実的な蓄積が可能かもしれないが・・・

    全く新しい作業遂行文脈に飛び込もうとするのならば、
    それはクライアントにとってもOTにとっても茨の道かもしれない・・・

    でも作業をすることは必ず感情を生み出し、経験という価値を蓄積する。
    興味と作業経験と僅かな決意で飛び込むしかない時もある・・・

    自己決定の因子は内的なものだけでは決してない。
    決定につながる内的な因子の蓄積と、偶有性に満ちた環境との統合で
    自己決定は初めて成される・・・

    できるだけ準備をして遇有性の海に飛び込んでほしいと思う反面・・・
    遇有性の海の中、作業をすることで、より健康な状態へと進もうとする
    人間の強さを信じたい・・・
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    自分へのアクセス
    2010-07-09 Fri 23:13


    70年日記を書き続けるNさん
    先日のムンテラで、運転の可能性と
    その先にある作業の可能性について
    説明した。

    一緒にインターネットで自動車改造について
    調べたり、グーグルアースで自宅から畑や管理する
    駐車場までの動線を確認したり、病棟や通所リハの
    野菜の世話を頼んだり、心理検査が本格的に
    始まったり・・・

    運転とその先にある作業の再獲得へ向けて
    色々なことが動き出すと、Nさんに少しずつ
    変化が生まれてきた・・・

    「セニアカーを使えば運転を無理にしなくても
    畑や駐車場管理はできるかもしれない」
    「田んぼは作業自体が大変だし、家から距離が
    かなりあるから思い切って息子にまかせよう」
    「妻が主にやっている家の前の沢山の花達の
    世話を少し手伝うようにしようかな」

    必要以上の制約をせずに、作業の再獲得に向けて
    色々な時間・場所・手段・作業を共有してきた中で、
    本人から前向きな諦めやアレンジが表出されてきた・・・

    勿論毎日の日記も欠かしていない・・・・

    本人の不安・失望・僅かな希望・現実の向き合う戸惑い
    新しい可能性への期待など、様々な感情の足跡は
    毎日の日記にしっかりと記されている・・・
    本人の直筆で・・・

    作業療法士は
    クライアントが再び“自分”にアクセスするための
    方法を知っている専門職である。


    DSCN2578_convert_20100530232523.jpg
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